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2026(令和8)年9月のWeb版貴重書展示「十返舎一九の膝栗毛」

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『道中膝栗毛』

江戸後期、出版文化の発展により本は庶民の娯楽となりました。この時代に絶大な人気を誇った戯作者(小説家)が、十返舎一九です。一九は駿府町奉行所の同心・重田幾八の家に生まれ、府中(現在の静岡市)で育ちました。
武家奉公を経て25歳で文筆の世界に入ると、江戸の版元・蔦屋重三郎に見いだされ、本格的な執筆活動を始めます。初期は文章と挿絵を自ら手がけ、多作の作家として力をつけます。
そして享和2(1802)年に刊行が始まった『東海道中膝栗毛』の大ヒットにより、原稿料のみで生計を立てる「職業作家」のさきがけとなりました。
本展示では、静岡が生んだプロ作家の代表作『道中膝栗毛』から、お馴染みの弥次さん・喜多さんが繰り広げる、笑いあり失敗ありの賑やかな珍道中をご紹介します。

展示期間・場所

期間 9月1日(火曜日)~9月29日(水曜日)
場所 静岡県立中央図書館 閲覧室に入ってすぐの貴重書展示コーナー

展示資料一覧

「東海道中膝栗毛」について

『道中膝栗毛』は、駿府生まれの十返舎一九によって執筆された滑稽本です。享和2(1802)年の執筆開始から計18冊が出版され、その後も全国各地の街道を旅する『続膝栗毛』が25冊、文政5(1822)年まで実に43冊、21年間に及ぶロングセラーとなりました。今日では、本編(18冊)と『続膝栗毛』(25冊)を合わせた全作品を総称して「東海道中膝栗毛」と呼ぶのが一般的です。

駿府宿出身の弥次郎兵衛と、江尻宿出身の喜多八のコンビが、東海道を旅しながら巻き起こす珍騒動や軽妙な掛け合いが、江戸庶民の心をつかみました。本作のヒットは江戸庶民の旅への憧れを大いに掻き立て、空前の旅行ブームを巻き起こす一因ともなりました。

静岡県内の各宿場の景観や名物、方言などが生き生きと描写されており、当時の人々の生活と文化を知る上でも貴重な資料となっています。

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書名等 画像 略説

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道中膝栗毛
三編 日坂

享和3(1803)年

十返舎一九/著

2冊

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日坂の宿に泊まった弥次さんと喜多さんは、宿にいた巫女に口寄せを頼みます。

弥次さんの亡き妻の霊を降ろしてもらうと、巫女の口から彼の度重なる放蕩によって妻がどれほどの苦労をしたかが語られます。しかし、そのような目に遭ったにも関わらず弥次さんを忘れたことは片時もなかったという言葉が続くのです。最後に「巫女にお代をたくさんあげて」と伝えられるところが面白いですね。いったいどこまでが妻の言葉だったのでしょうか。

寒い冬も単(裏地のない夏用の着物)しか着られなかったと言う妻は「うらめしや」と「裏地がほしい(袷が着たい)」をかけた「うらほしや うらほしや」という言葉で嘆きます。しんみりとした場面に思えますが、くすっと笑える言葉遊びのような表現の工夫が随所に見られます。

本図は、亡き妻の言葉に涙する弥次さんと、そんな弥次さんを見て「鬼の目にも涙だ」と大笑いしている喜多さん、そして口寄せをしている巫女の3人を描いたものです。

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道中膝栗毛
三編 島田

享和3(1803)年

十返舎一九/著

2冊

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島田と金谷の間を流れる大井川は、幕府の政策で橋が架けられず、「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」と詠まれた東海道屈指の難所でした。増水すれば「川留め」となり、旅人は川越人足の肩車や輦台に頼るしかありませんでした。

輦台の料金の高さに驚いた弥次さんは、喜多さんの脇差を借りて武士に変装し、川問屋で料金を値切ろうと画策します。しかし、刀の鞘尻が折れ曲がっているのを指摘され、偽武士だと即座に見破られてしまいます。危うくお咎めを受けるところでしたが、弥次さんが「出来合の なまくら武士の しるしとて かたなのさきの 折れてはづかし」と狂歌を詠んだため、場は大笑いにつつまれ、どうにか事なきを得ました。

本図は、嘘がバレて川問屋から退散する弥次さんの姿を描いた挿絵です。ばつの悪そうな表情が何とも滑稽です。

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膝栗毛 続
九編 上

文政2(1819)年

十返舎一九/著

1冊

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本書は、善光寺(長野県長野市)参詣までの珍道中を描いた作品です。善光寺の歴史は非常に古く、江戸時代には「一生に一度は善光寺参り」と称されるほどの聖地でした。そのため、弥次さんと喜多さんが旅の目的地として選ぶのも自然な流れと言えます。

上巻は、村外れの茶店で肥前国唐津(現・佐賀県唐津市)出身の男と出会う場面から始まります。茶店の主人らも交え、調子よく会話を楽しむ弥次さんと喜多さん。しかし、善光寺の如来様を茶化す2人の罰当たりな物言いがきっかけで険悪なムードが漂い始め、ついには男との小競り合いに発展。無遠慮な軽口の飛び交う様子が、まるで目の前で繰り広げられているかのように生き生きと描かれています。

その後も、馬に振り回されたり、天狗の気配に怯えてお互いがした悪さを暴露し合ったりと2人の愉快な珍騒動は続きます。

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鳴雁堂蔵書目録

江戸後期(18--)

13丁

雁金屋要蔵

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鳴雁堂は、現在の静岡市葵区中町にあたる駿府四足町で雁金屋要蔵が営んでいた貸本屋です。本書には出版年の記載がないため、刊行年は明らかではありませんが、掲載資料などから判断すると江戸時代後期の1800年以降に刊行されたものと考えられます。

2段組になっている上下段それぞれに書名、冊数が記載されており、掲載資料は「通俗軍書、本朝軍記類、絵入読本類」など、全8項目に分類されています。また、●・▲・無印によって、それぞれ平仮名板本、片仮名板本、写本を区分しています。末尾に「右之外膝栗毛浮世床類のしやれ本数品義太夫本類も有之候尚追々新板写本仕入奉入御覧候」と記されていることから、『東海道中膝栗毛』をはじめとした滑稽本や義太夫本(浄瑠璃の演目を文章に起こしたもの)も取り扱われており、静岡の人々に読まれていたことがうかがえます。

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