2026(令和8)年5月のWeb版貴重書展示「新茶の季節」
世界最初の茶の専門書『茶経』は、中国唐代の文人陸羽が上元元(760)年ごろに書いたとされ、日本のみならず世界中に茶道や茶文化を広めるきっかけの一つとなりました。
中国に起源をもつ茶文化は、日本には最澄によって奈良・平安時代に伝わります。その後一時衰退していましたが、鎌倉時代に栄西の著した『喫茶養生記』によってその効能が説かれると、再び広まっていきました。
江戸時代になると駿河国は茶の生産地として有名になり、松尾芭蕉が「駿河路や花橘も茶の匂ひ」という有名な俳句を残しています。
明治に入ると、政府は輸出用としてお茶の生産を戦略的に拡大しました。静岡で牧之原台地の開墾などによってお茶の生産拡大が行われたのは、栽培に適した気候だったことに加え、当時、お茶が有望な商品作物として期待されていたためでした。
本展示では、当館の前身である「静岡県立葵文庫」が昭和25年までに収集した資料(旧分類図書・K)の中から、静岡のお茶の歩みを物語る貴重な資料を精選して展示します。
展示期間・場所
期間 5月1日(土曜日金曜日)~5月29日(水曜日)
場所 静岡県立中央図書館 閲覧室に入ってすぐの貴重書展示コーナー
展示資料一覧
画像をクリックすると、当館デジタルライブラリーの該当資料、又は拡大画像が表示されます。
| 書名等 | 画像 | 略説 |
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K992-4 |
中国唐代の文人陸羽(りくう)(733-804)が760年頃に書いたとされる、世界最初の茶書(茶の専門書)です。 茶の起源や製茶法、道具・茶器、茶のたて方と飲み方、茶の歴史、産地などが詳細に説明されています。 茶経は本来、上中下の3巻に分かれていますが、今回の展示資料は日本で安永3(1774)年に刊行された大典禅師による詳説であり、上下2巻に分かれています。上巻に「茶経詳説序」・「茶経詳説附言」・「茶経巻上」・「茶経巻中」が、下巻に「茶経巻下」・「茶経外集」・「傳」が収録されています。 二十世紀以降、『茶経』は日本のみならず様々な国の言語で刊行され、世界中に茶道や茶文化を広めるきっかけの一つとなりました。 |
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K992-13 |
鎌倉時代の僧で臨済宗の開祖、栄西(1141-1215)は、宋での留学期間に、茶の生産を実践したり、喫茶養生の教え、栽培製造の技術、点茶の技法を学んだりしました。さらに唐代陸羽の『茶経』を参考にして、日本最初の茶書である『喫茶養生記』を著しました。 本書は上下2巻で構成され、上巻は、序文についで、茶が五臓の和合をはかる妙薬であるゆえんを説き、次に茶の名称、形態、効能等を解説し、下巻は桑の解説を主に、末尾に喫茶法を説いています。 平安時代の動乱で廃れていた喫茶の風を再伝し、日本に定着させる先駆的役割を果たした書として、日本の茶道史上の重要な文献の一つです。 |
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S690-17 西部その2 |
![]() 2枚目「茶摘女」
![]() 3枚目「農林省茶業試験場」
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本展示では、「お茶の牧野原」と題されたシリーズから、『牧野原より富士山を望む』『茶摘(ちゃつみ)女(おんな)』『農林省茶業試験場』『大茶園の一部』の4枚を紹介します。 1枚目は、牧之原台地から金谷(現・島田市)を見下ろした景観です。大井川に架かるのは昭和3(1928)年架橋の大井川橋で、国道1号線(現・県道381号)が通っていました。 2枚目は、茶園で働く茶摘娘の姿です。童謡『茶摘』に描かれる菅笠(すげがさ)ではなく、手ぬぐいのほっかぶり姿が印象的で、手には発行元「川崎園」の名が入った籠を持っています。 3枚目は、大正8(1919)年に金谷に建設された農林省茶業試験場です。県立茶業試験場とともに静岡の茶業の発展に大きく寄与しました。 4枚目は、一面に広がる茶畑の様子を写したものです。現在では一般的に見られる防霜(ぼうそう)ファンが設置されておらず、当時の時代背景をうかがうことができます。
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