『大井川かち渡』
貴重画 大判錦絵(3枚続) 嘉永5(1852)年)
版元 : 佐野屋喜兵衛
東海道の大井川は島田・金谷で指定された場所のみ川越えを許されていました。
その川越料は蓮台・肩車など川越方法で変わり、水深や人工でも変動するほか、流量によっては川越中止となることもありました。
数日、宿に足止めとなることもあり、大名や旅行者には痛い出費となったそうです。
越すに越されぬ?大井川
大井川は、静岡県を代表する一級河川で総延長は 168km になります。
江戸時代においては、幕府が架橋や渡船を一切禁じたために、人足を利用したり「川越」が行われました。これにより、大井川は旅行者にとって大きな障害となり、増水の場合は何日も足止めされたため、「 箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川 」 と詠われるようになりました。
幕府が、架橋や渡船を禁じたのは、大井川を外堀として江戸を守る防衛上の理由が主だとされていましたが、近年の研究では、
① 昔の大井川は水量が多く流れも急だったため、架橋には向かなかった
② 川越による川会所や宿場町の莫大な利益を守るため
とも言われています。
ちなみに、最も安い川越賃の相場は現在の貨幣価値に換算すると約1500円で、人足の数や、水深によって何倍にもなりました。
展示期間 4月2日(土)から5月15日(日)まで
展示場所 当館2階 総合カウンター前
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