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8 西草深公園(徳川家達屋敷跡)~幼少の藩主~

 明治維新後、徳川宗家の家督を継いだ田安亀之助(徳川家達(いえさと))は駿河府中藩(1869年、静岡藩と改称)の藩主として1868(慶応4)年8月15日、府中入りした。
 家達はこの時、まだ6歳(満5歳)であった。最初、駿府城内の元城代屋敷に住んだが、のちにこの公園にあった静岡浅間神社神主の屋敷に移り、1871(明治4)年の廃藩置県によって東京に戻るまでここに滞在した。その屋敷門(通称田安門)は、現在、静岡市立高等学校正門脇に移築されている。
 家達はその後、1903年から1933(昭和8)年まで貴族院議長をつとめた。また1921(大正10)年から翌年にかけてワシントン会議の全権委員もつとめ、1940年に亡くなった。

<参考文献 記号は静岡県立中央図書館請求番号>

静岡県日本史教育研究会編『静岡県の歴史散歩』(山川出版社)<S290/90>

西草深公園(徳川家達屋敷跡)
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