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図書館員の棚から3冊(第56回)(2016/02/12)


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図書館員の棚から3冊(第56回)(2016/02/12)

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図書館員の本棚拝見!
このコーナーでは、あなたの町の図書館員が本や雑誌、漫画を御紹介します。
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■第56回目は 富士宮市立中央図書館 高瀬 一樹 さん です。■

  30年近く連載が続いている人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』。
「スタンド」と呼ばれる超能力の使い手達が繰り広げる濃密かつ奇想天外な闘いの描写が魅力の作品ですが、登場するスタンド使いの一人に「人を本に変え、記憶や思考を読むことができる」という能力を持つ岸辺露伴(きしべ ろはん)という人物がいます。
  この露伴、才能と創作意欲に溢れる漫画家であるという設定。彼は自分の作品にリアリティをもたらすべく、他人の経験や精神を「読む」ことで自らのものとしているのです。
 人の精神に、自らの視覚を通じてダイレクトにアクセスできる…なんて魅力的な能力でしょう!知人の本棚や音楽プレイヤーの中身を(すごく嫌がられながら)見せてもらい「この人は何を魅力的と思うのかな?どんな考え方を大切にしているのかな?」と想いを巡らすことに愉しさを覚える私としては、露伴が羨ましくてたまりません。
 しかしもちろん私にはスタンドなど使えませんから、暗闇の荒野に道を切り開く様に生きてきた人々の想いに触れる為、なんの変哲も無い紙の本を開くことになるのです…

 
1. この女(ひと)を見よ-本荘幽蘭と隠された近代日本-』
  
(江刺昭子/編著 安藤礼二/編著 ぷねうま舎 2015年)

 明治~昭和の時代に実在した女性「本荘幽蘭(ほんしょう ゆうらん)」この本は彼女の生涯を綴った伝記…ではなく、まだまだ全貌が不明な彼女について、現時点で判明している事柄や当時の資料などをまとめた中間報告書のような一冊です。
 歴史の授業で本荘幽蘭の名前を聞くことはまず無いでしょう。それもそのはず、彼女は教科書に載るような偉業は一切達成していません。
 「じゃあ、何をした人なの?」と問われれば、「やりたいようにやった人」というのがベストアンサーかと思われます。フェミニズムの文脈で語られることも多い人物らしいのですが、女性が云々といった政治的信条よりは自分の意志を最優先、目立ちたがりで表舞台に立つことを好み、想いの向くまま幾つもの煌びやかな職業(新聞記者から女優、講談師にミルクホール経営まで)、そして何人もの男性を渡り歩く…。そんな奔放かつ大胆な人物像を本書から垣間見ることができます。
 忘れてはいけないのが、当時は女性が社会の最前線で活躍することはまだまだ難しい時代だったということ。女のくせに妙にアグレッシブな幽蘭に、世間は下世話な好奇の目を向けました。彼女の姿を伝える当時の新聞や大衆誌には「奇人」「妖婦」の文字が躍り、その内容もスキャンダルやゴシップまがいの記事ばかり…。それなのに何故でしょう、時代の逆風に臆せず自らの信念を貫く彼女の生き方に不思議な輝きを感じてしまうのです。
 ちなみに幽蘭、様々な記録が残されてはいますが没年さえ不明であるとのこと。このような人物が全貌不明のまま歴史の中で眠っていると考えると、なんだかワクワクしますね。
 

2. 奇跡の出版人古田晁伝-筑摩書房創業者の生涯-』
(塩澤実信/著 東洋出版 2015年)

  昨年、全国図書館大会にて「出版と図書館」と銘打たれた分科会に参加してきました。出版社と図書館のこれからの付き合い方を考えようという趣旨の催しで、様々な出版社の方が壇上でお話をされ、その内容が新聞等でも報道されていたことが記憶に新しいのではないでしょうか。
 出版社が本の売り手としての意識を明らかにし、図書館人はその意識を胸に刻み、そして両者が改めて共に歩み出すための切欠を掴むことができる、そんな希望が見出せる分科会だったと感じています。
 報道では「無料貸本屋」と化した図書館に出版社が自重を求めるというよくある対立構造を強調した記述が目立っていたようですが…。
 特に感銘を受けたのが、商業的な収益と同等以上に「活字文化の担い手」という使命を尊重しているというスタンスを複数の出版社が示していたこと。このような出版社の姿勢に図書館があまりにも甘え過ぎであるという点は確かに否定できないでしょう。
 前置きが長くなりましたが、この本の主役である筑摩書房創業者・古田晁氏も、決して目先の利益を追いかけず、日本文化への貢献を使命とする姿勢を貫いた稀有な出版人として評されているそうです。
 そんな誠実な人柄で関係者から慕われていた古田氏だそうですが、文学書などという「売れないモノ」を扱う会社の経営はなかなか順調とはいきません。そして、収益を最重視しない方針が会社に染みついたその果てに迎える顛末は…。臨場感あふれる経営ドキュメントとしても味わえる人物伝です。
 紆余曲折があったものの、ご存じの通り筑摩書房は今日においても健在。今でもきっと創業者の一途な魂は生き続けているのでしょう。活字文化を担う出版人の想いに、是非触れてみてください。
 

3.『荒木飛呂彦の漫画術』 (荒木飛呂彦/著 集英社 2015年)

 この本の著者である荒木飛呂彦さんは、冒頭で述べた漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の作者です。ベテラン漫画家が創作の理念を伝授するハウツー本という体裁ではあるのですが、その内容は漫画に限らずあらゆる創作物をより面白く鑑賞できるような示唆に富んでおり、『ジョジョ』を知らずとも多くの人が興味深く読めるであろう一冊です。
 『ジョジョ』は独特の台詞回しや強烈なインパクトを持つビジュアルがとかく注目されがちな作品なのですが、作者はこれを「王道の少年漫画として描いている」と断言します。それは「漫画の描き方の黄金の道」に則った創作を心掛けているから。
 例えば、「常にプラスへ向かう」物語作り。少年漫画の主人公たちは傷付き、ピンチに陥りつつも、最後は必ず困難に打ち勝つ。その過程を経て、自分に足りなかったものや新たな価値観を手に入れる。常にプラスへと進む、そして読者の気持ちまでをもプラスへ向上させるストーリーが少年漫画の王道である、と作者は述べています。
 他にも、「行動の動機を重視したキャラクター作り」「ムードだけではない整合性のある世界観」等々、『ジョジョ』を読んだことが無くても、自分がかつて感銘を受けた物語と照らし合わせ、思わずなるほどと唸ってしまうような記述が満載です。もちろん商業誌で少年漫画を描くことに特化された内容ではありますが、「いわゆる『良質な物語』とは何ぞや?」ということを幅広く考えるための普遍的な視点を得られるのではないでしょうか。
 作者が影響を受けた映画や小説、新人時代のエピソードなども盛り込まれ、まるで岸辺露伴によって本にされた荒木さんを少しだけ読ませてもらったような気分になれますよ。


                 次回は 静岡県立中央図書館 三枝 春奈 さん です。 

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