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図書館員の棚から3冊(第22回)


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図書館員の棚から3冊(第22回)

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 図書館員の本棚拝見!
 このコーナーでは、あなたの町の図書館員が本や雑誌、漫画をご紹介します。
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■第21回目は 静岡市立南部図書館 齋藤 和美 さん です。

 私の本棚からは、小説、児童文学、漫画を一冊ずつご紹介します。


1.『おとなしい兇器』
(『あなたに似た人』内収録 ロアルド・ダール/著 田村隆一/訳 早川書房 1976年)

 ある日、仕事から帰るなり別れ話を切り出した警官の夫を、妻はとっさに撲殺してしまう。しばらくその場に立ち尽くしていた彼女だが、やがて兇器をあるところへ放り込み、寝室の鏡で笑顔をつくる練習をすると、いつものように夕食の支度をするべく出かけてゆく。しばらくして帰宅した彼女は夫の死体を「発見」し、警察へ通報する。駆けつけた警官たちは兇器の特定に奔走するが…。
 推理小説とも怪奇小説ともつかない、いわゆる「奇妙な味」と称されるジャンルの短編です。著者のダールは、映画化もされた『チョコレート工場の秘密』や『マチルダは小さな大天才』など、児童文学で名を馳せた作家であると同時に、短編ミステリの名手でもあります。特にブラックユーモア溢れる筆致が魅力で、『おとなしい兇器』が収められている短編集『あなたに似た人』は、ミステリ賞の権威であるエドガー賞(Mystery Writers of AmericaMWA賞とも)の1954年最優秀短編賞を受賞しています。
 謎解きがメインではないため、兇器は最初から登場…妻の手に握りしめられています。兇器を始末する方法については是非本編を読んでいただきたいのですが、それに至るまでの妻の心境の変化や、何も知らないうちに証拠隠滅に加担させられる夫の同僚である警官たち…ユーモアを含みながらも何処か残酷でぞっとする感じがまさに「奇妙な味」を醸し出していると感じました。

 
2.『ふたりのロッテ』 
(エーリッヒ・ケストナー/著 高橋健二/訳 岩波書店 1961年)

 ビュールゼー湖のほとりにあるゼービュール村の林間学校で、ルイーゼは自分と顔が瓜二つの少女、ロッテと出会う。最初こそ反発しあう二人だが、やがて幼いころに両親の離婚によって別れてしまったふたごの姉妹であることがわかる。そして夏休みの終わり、二人は互いに入れ替わり、ウィーンで暮らす父とミュンヘンで暮らす母の待つそれぞれの家へ帰ることを計画する。
 独特で小気味よいテンポで進む物語は勿論のこと、作中で登場する美味しそうな料理が大好きで、子どもの頃から繰り返し読んでいる作品です。山番で飲むレモンのソーダ水、ルイーゼが好きな(しかしロッテは苦手な)インピリアル・ホテルのオムレツ、ルイーゼが失敗しながらも必死でつくる牛肉入りマカロニ・スープ、お父さんとの結婚を目論むイレーネ・ゲルラハ嬢がロッテにすすめるチョコレート…。料理そのものだけでなく、ピクニックに出かけた休日を「あわ立てクリームをかけたエゾイチゴだらけのよう」とするなど、素敵な表現がいっぱいです。「絵本や童話に出てくる料理やお菓子を作ってみよう!」という趣旨の本はこれまでに何冊か出ていますが、いつか『ふたりのロッテ』のレシピ本も出ないかしら、と思う日々です。
 現在、邦訳は高橋健二氏訳と池田香代子氏訳の2つが出版されています。上記の「牛肉入りマカロニ・スープ」は池田香代子氏版では「牛肉入りのヌードルスープ」、別の場面の「塩漬けキャベツ」は「ザウアークラウト」と訳されており、もとは同じ文章でも、訳者によって雰囲気が変わってきます。池田香代子氏と高橋健二氏、それぞれの訳で読み比べてみるのも面白いのではないでしょうか。

 
3.『ヴァイオライト』(『虫と歌』内収録 市川春子/著 講談社 2009年)

「ひこうき おちたぞ」
 空を裂く稲光。サマーキャンプへ向かう中学生たちを乗せた飛行機が墜落した。散らばる残骸の中、怪我をしながらも奇跡的に生き残った男子中学生、未来の前に、同じ制服を着たすみれと名乗る少年が現れる。二人は人里を目指し山中を下っていくが…。
 2011年に手塚治虫文化賞新生賞を受賞した市川春子の短編集『虫と歌』に収められた漫画です。登場人物はほぼ未来とすみれだけで、二人の会話を軸に話が進んでいきます。すみれは静電気体質で普通の人とどことなく違う雰囲気を持っていますが、事故のショックで直近の記憶を失っている未来にはすみれが何者なのか知るすべはありません。
 ひと続きになっている映像と違い、漫画はコマとコマのつなぎ合わせで出来ているため、コマの「間」は想像力で補わなければなりません。『ヴァイオライト』は登場人物の台詞だけで構成されていますが、この台詞がまた少ない!1ページに一言だけだったり、全く台詞がないページもあったりするため、絵を見て「ここはこういう意味なのかな…」と解釈しながら読み進める必要があり、なかなか骨が折れます。しかしその台詞の少なさ故に、言葉ではあらわせない独特の余韻が作品の中に生まれ、人を惹きつける要素のひとつとなっています。
 作中で明言こそされませんが、すみれはある罪悪感を抱えており、徐々に弱っていく未来を何としても助けようとします。謎めいたすみれの正体と訪れる二人の別れ、ラストの切なくも静謐な雰囲気が、作品に不思議な彩りを与えています。
 

    次回は静岡市立清水中央図書館 山中 瑠美  さんです。

   
 

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