蔵書情報
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書誌情報サマリ
| 書名 |
菊川町史 近世資料編
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| 著者名 |
菊川町史編さん委員会/編
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| 著者名ヨミ |
キクガワ チョウシ ヘンサン イインカイ |
| 出版者 |
菊川町
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| 出版年月 |
1997.3 |
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| タイトル番号 |
1009710030382 |
| 書誌種別 |
地域資料 |
| 書名 |
菊川町史 近世資料編 |
| 著者名 |
菊川町史編さん委員会/編
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| 書名ヨミ |
キクガワ チョウシ |
| 著者名ヨミ |
キクガワ チョウシ ヘンサン イインカイ |
| 出版者 |
菊川町
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| 出版地 |
菊川町 |
| 出版年月 |
1997.3 |
| ページ数 |
660p |
| 大きさ |
22cm |
| 言語区分 |
日本語 |
| 分類 |
S232
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| 目次 |
口絵、発刊のことば・発刊によせて、凡例、口絵解説、序章、近世の菊川町域、第一章、村の成立、解説、1、加茂村の沿革、2、沢水加村の記録(天正6~慶長4)、3、西方村の領主の変遷(延宝5.5.27)、4、大須賀康高が潮海寺本堂再建のため用材の伐採を許す(天正).8.22、5、天正十七年の友田村検地帳(天正17.3.21)、6、徳川家康が倉沢百姓等に七か条定書を下す(天正17.7.7)、7、武藤万休が牛渕村長者新田の開発を奨励する(元和3.3.11)、8、加茂村が再検地の実施を願い出る(延宝4.8.3)、9、下内田村庄屋が役料の給付を願い出る(宝永7.11)、第二章、村の概況、解説、10、『遠淡海地志』に描かれた菊川町域の村々(天保5)、11、安永六年の東横地村明細帳(安永6.5)、12、延宝四年の本所村人別帳(延宝4.5)、13、宝暦七年の本所村人別増減帳(宝暦7.3)、14、嘉永六年の和田村浄土宗人別御改帳(嘉永6.3)、15、元文四年の上半済村五人組帳(元文4)、第三章、村の運営、解説、第一節、村役人と代官、16、富田村の鈴木重郎兵衛が旗本駒井氏の代官になる(元文2.11)、17、旗本駒井氏が金次郎を富田村の名主にする(元文2.11)、18、神尾村上組の村運営をめぐり名主・組頭と小前百姓が対立する(天明8.8)、19、丹波篠山藩が遠州領分に派遣した和田季三郎の経歴(天保2.1.26~安政2.1.4)、20、下内田村平尾組の小前百姓が幕府の重役に駕籠訴する(弘化2.12.28)、21、下内田村高田組組頭が庄屋を訴える(嘉永5.12.17)、22、下内田村稲荷部下組が村役人の事務分掌を定める(嘉永6.4)、23、中泉役所が村々に触書をまわす(年号欠・未・1.7)、24、半済村名主新左衛門が名字帯刀を許される(年号欠・卯・6)、第二節、25、西方山で盗み刈りした満水村の百姓が龍雲寺に駆け込む(貞享3.6.27)、26、相給になった加茂村が村運営の規定を設ける(元禄16.9.28)、27、掛川藩への嘆願にあたり西方村の惣百姓が起請文を作る(元文2.12)、28、西方村が入札によって窃盗事件を捜査しようとする(安永6.11.2)、29、倉沢村が上と下に分村する(寛政12.6)、30、丹波篠山藩領村々が若者による手踊狂言の企画を禁ずる(弘化4.8)、31、杉森村が倹約の規定を設ける(嘉永2.12)、32、杉森村が博打 をした者に対する処罰の規定を設ける(嘉永5.1)、33、下内田村高田組が経営難の豪農にかわってその所持する田畑を耕作する(安政2.3)、34、親類・組合・近所と相談して親兄弟の除帳を村役人に出願する(安政6.8.4)、35、西方村が窃盗を犯した者に対する処罰の規定を設ける(文久元.9)、第四章、村となりわい、解説、36、幕府が横地村と神尾村の山論を裁く(明暦2.2.25)、37、友田村庄屋が倉沢村民による不法の伐木を訴える(元禄元.11.5)、 38、加茂用水をめぐる加茂村と本所村の争いが始まる(元禄13.7.10)、39、西方村よむぎがや池干拓地の耕作者を入札によって定める(享保8.8)、40、西横地村と東横地村が藤谷溜池の分水方法を契約する(明和6)、41、旗本太田氏の代官高岡十太夫が諸村の用水の事情による作柄の不均等を報告する(嘉永元.10.10)、42、杉森村が谷田野山を開発する(文久3)、第二節、農業のなりわい、43、田地永代売りの証文(享保14.1.10)、44、田地質流れの証文(寛延4.8)、45、小作契約の証文(寛延12.12)、46無年季の田地質入証文(慶応2.12)、47、奉公人契約の証文(慶応3.12.17)、48、杉森村庄兵衛の当座帳(安政3)、49、三沢村徳兵衛の農業経営(慶応4)、50、本所村の小作農民が地主と小作米の減額について交渉する、第三節、諸職とあきない、、51、三河吉田藩領諸村の酒造高調書(元禄15.4)、52、西方村の職人御役勤方の調書(享保18.9)、53、潮海寺村の商人が株仲間の結成を出願する(文久元.6)、第五章、年貢・諸役と村入用、解説、第一節、54、西方村の百姓一同が免定を拝見し年貢上納を約束する(享保20.12)、55明和四年の神尾村上組年貢割付状(明和4.12)、56、明和四年の神尾村上組皆済目録(明和5.3)、57、加茂村ほか三か村が旗本太田氏に年貢米改めを村役人改めにすることを願う(安永3.11)、58富田村東組と吉沢村が田方の年貢の皆米納を願う(天保4.3)、59、下内田村百姓が年貢延納出願に際しての非礼を詫びる(嘉永2.3)、第二節、諸役、60、沢水加山の運上の取り決め(寛永8.2.2)、61、金谷宿の孫太夫が本所村の助郷役を請け負う(元禄11.12.27)、62、天保十年の上半済村日坂宿助郷諸入用書上帳( 天保13.12)、63、加茂村が助郷の半役勤めの理由を述べる(明和7.10)、64、和田村ほか八か村が代助郷の継続を求める(天保12.5)、65、丹波篠山藩領村々の東海道往還掃除丁場の記録(年号欠)、67、旗本太田氏が江戸屋敷奉公人の代人を求める(弘化3.閏5.21)、第三節、村入用、68、文政十年の下内田村村入用書上帳(文政11.3)、69、西方村の村入用にかかる騒動が落着する(文政13.12)、第六章、村と災害、解説、第一節、干害・冷害・水害・風害・虫害、70、富田村が猪・鹿・猿の出没に手をやく(明和7)、71、西方村が虫送り慣行を定める(寛政11.8)、72、丹波篠山藩領の村々が蝗害に苦しむ(天保14.閏9)、73、西方村がウンカの害により年貢減免を嘆願する(嘉永2.10)、74、日照りが続き潮海寺村が雨乞いを行う(天保5.8.3)、75、杉森村ほか一五か村が佐倉ヶ池で雨乞いを行う(天保10.6.78)、76、上半済村庄屋が干害を報告する(嘉永5.5.17~6.4)、77、中内田村が大洪水に苦しむ(安政5.6.12)、 第二節、天保の大飢饉、78、飢饉について沢水加村庄屋が記す(天保7)、79、和田村などが中泉代官所に稲作状況を報告する(天保7.7.29)、80、和田村が備荒貯殻を拝借する(天保7.10)、81、和田村などが余米などないことを報告する(天保7.11)、82、西方村などが助郷役軽減願で飢饉の窮状を訴える(天保7.11)、83、和田村などが畑年貢の安値石代納を願う(天保7.12)、84、中泉代官所より村々に非常用の炊飯法が触れ出される(天保8.3.6)、85、中泉代官所が疫病対策として薬方指示を触れ出す(天保8.5)、86、和田村名主などが窮民援助で老中水野忠邦より褒められる(天保8.8)、第三節、安政の大地震、87沢水加村庄屋が安政東海地震について記す(嘉永7.11.4)、88、上半済村が安政東海地震による被害を報告する(嘉永7.11.6)、89、東横地村奥組が安政東海地震の被害を報告する(嘉永7.11.7)、90、神尾村下組が安政東海地震の被害を報告する(嘉永7.11)、91、上半済村が安政東海地震被害などにより助郷役減免を請願する(安政元.12)、92、本所村が安政東海地震の被害を記す((嘉永7))、93、菊川上流部の安政東海地震の記録(天保6~嘉永7)、第七章、百姓の家、解説、第一節、百姓の家、94、西方村彦右衛門が成滝村市兵衛悴を相続人と定め家を譲る、元禄、16・12・15、95、西方村久右衛門が彦兵衛家を九右衛門に相続させる、宝永、4・1・27、96、西方村久右衛門が屋敷を得て門屋から本百姓になる、宝永、7・5・28、97、西方村勘兵衛家が屋敷を失って百姓から門屋になる、(年号欠)、酉・3・6、98、西方村彦左衛門が寺に金二両を差し出して一軒前の壇家になる、天保、7・7、99、西方村伝次郎らが出金によって門屋身分を解放される、天保、11・1、第二節、家の相続、100、堀之内村甚太夫が家の相族の仕方を定める、宝永、2・2・22、101、富田村鈴木十郎兵衛が娘の縁組にあたり持参金を差し出す、宝暦、3・11、102、富田村鈴木十郎兵衛の遺言書、明和、8・11、103、堕胎と女性戸主に関する掛川藩の触書、文化、3・7、104、小出村金蔵娘さのが神尾村新三郎に嫁ぐ、天保、5・2、105、神尾村が五月節句取締の議定書を作る、元治、2・4、106、沢水加村桐田治郎左衛門が家の年中行事を書き遺す、(年号欠)、第三節、家屋と家財、107、神尾村横山家の屋敷図、天保、14、108、丹波篠山藩が家作りの奢侈を禁ずる、天保、15・1・25、109、杉森村元庄屋六郎兵衛の家財目録、安政、2・11・2、第八章、村社会の断面、解説、第一節、村の事件簿、110、加茂村の長正寺住職が殺された事件、天保、3・1、111、小出村弥吉が不注意により火事を出す、文久、3・6・28、112、三沢村徳兵衛が身辺の事件を記録する、慶応、 4、113、叶薬師山での狐憑き騒動、弘化、4・7、第二節、若者と女性、114、西方村の平左衛門の息子が家出する、安永、4・11、115、田ケ谷組の善助が島川組の若者衆へ不義放埒を詫びる、文化、3・9、116、杉森村の国蔵が密通の疑念を晴らす、安政、5・7、117、潮海寺村の金五郎女房とよが密通疑惑に抗弁する、(年号欠)、第九章、村人の信仰と文化、解説、第一節、村人の信仰、118、平尾八幡宮で遷宮を行う、安永、5・8、119、栗田土満と白松真道が官位願に上京する、文化、2、120、無住だった応声院に鳳誉和尚を招く、文化、11・10、121、大頭龍権現に唐銅大鳥居が建造される、文政、7・10、122、杉森村が金毘羅大権現を勧請する、嘉永、3・3、123、龍雲寺住職が急死し壇家などが後住について嘆願する、慶応、元・9、124、興嶽寺住職が過去帳の序文に先祖供養の心得を記す、(年号欠)、125、藤谷明神が仏堂を取り払い藤谷神社と改称する、明治元・12、第二節、村人の文化、126、大頭龍権現の祭礼で怪力の女が人気を集める、天明、8、127、加茂村が芝居地の提供を禁ずる、嘉永、4・8、128、大頭龍権現の御祭的がはじまる、享和、元・10・17、129、弓道免許元が賭弓を戒める、弘化、2、130、西国三十三所巡礼の記録、文政、5、131、横山家の女子手習い帳、文久、3・6、第十章、幕末期の菊川、解説、第一節、領主財政の破綻、132、旗本太田氏の財政改革のため武蔵・相模・遠江の知行所村々が統一行動を企てる、天保、11、133、丹波篠山藩が財政難により遠江国の領民に出金を要請する、嘉永、元・9、134、旗本大久保氏知行所の村役人たちが領主の生活費削減を要請する、元治、元・10、第二節、百姓と戦争、135、丹波篠山藩領の百姓が米国軍鑑浦賀来航による江戸警固のため出府を命じられる、嘉永6・6・8、136、下内田村の松右衛門が軍役のため組頭退役を出願する、文久、3・1、137、小川町歩兵屯所久七が雇い主の半済村と加茂村に給金の増額を求める、元治、2・1、138、中泉代官所が幕長戦後の幕府軍撤兵にあたり継立人馬の徹底をはかる、慶応、2・9・15、第三節、幕末の民情、139、小沢村ほか九か村が悪党の横行に対処するため規定を設ける、元治、2・1、140、富田村黒土隠居が物価騰貴の原因を分析して精農の必要を説く、慶応、2、141、丹波篠山藩掘之内役所が食糧供給の安定をはかるため穀物の他国積み出しを禁止する、慶応3・2・7、142、上半済村に御礼が降る、慶応、3・9、143、丹波篠山藩堀之内支配役所が御礼降りによる怠業を禁ずる、慶応、3・10・13、144、杉森村佐七が、「村方よりも奉公先の方が大切だ」、と主張する、元治、元~慶応、3、第四節、菊川近世社会の結末、145、半済村檜松新左衛門が記録した慶応四年初頭の情勢、 慶応、4、146、慶応、四・明治元年の三沢村の動向、慶応、4、(明治元)、147、御門村と森村の村民が農兵の請書を差し出す、慶応、4・7、148、半済村の村民が年貢納入を拒み庄屋方で押喰いする、慶応、4、149、牛渕村長者原新田が難村状況克服のため大黒講を企てる、慶応、4・2、150、杉森村の村役人が村方経営の破綻を訴える、明治、2・1、151、駿河府中藩の役人が加茂村に到着する、明治、2・1・16、152、駿河府中藩加茂村仮役所が開設される、明治、2・1、あとがき、近世資料編編さん事業の経過、掲載資料提供者一覧、菊川町史編さん委員会名簿、 |
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