蔵書情報
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書誌情報サマリ
| 書名 |
伊東風土記 サガミヤ選書 12
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| 著者名 |
加藤 清志/著
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| 著者名ヨミ |
カトウ キヨシ |
| 出版者 |
サガミヤ
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| 出版年月 |
1996.10 |
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| タイトル番号 |
1009710012450 |
| 書誌種別 |
地域資料 |
| 書名 |
伊東風土記 サガミヤ選書 12 |
| 著者名 |
加藤 清志/著
|
| 書名ヨミ |
イトウ フドキ サガミヤ センショ |
| 著者名ヨミ |
カトウ キヨシ |
| 叢書名 |
サガミヤ選書
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| 叢書巻次 |
12 |
| 出版者 |
サガミヤ
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| 出版地 |
伊東 |
| 出版年月 |
1996.10 |
| ページ数 |
291p |
| 大きさ |
21cm |
| 言語区分 |
日本語 |
| 分類 |
S212
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| 目次 |
はじめに、一、火山の国伊豆・伊東-手石海丘と大室山、ニ、伊東の最高峰矢筈山-一番新しい火山、三、池の浅間さん-大室山をめぐる信仰、四、穴の原・へび穴-今は「さくらの里」、五、先原三里の草原-伊豆高原今昔その一、六、狼をおそれた先原原野-伊豆高原今昔そのニ、七、リゾート地化への歩み-伊豆高原今昔その三、八、東大室クズレ・三ノ原-火山灰の下の遺跡群、九、上の坊・祢宜畑など-松川ぞいの縄文遺跡、一〇、物見が丘・竹の台-新旧かさなる遺跡群、一一、玖須美井戸川遺跡-和同開珎も見つかった、一二、新井の塚畑古墳-豊な副葬品、一三、柏峠の黒曜石-石器時代の重要産物、一四、江戸時代の柏峠みち-伊東第一の交通路、一五、明治の柏峠トンネル-冷川峠県道に座をゆずる、一六、八幡野八幡来宮神社-森も神興も文化財、一七、注目される来宮信仰-古式床しい八幡野の祭り、一八、国指定葛見神社大クス-式内社で、戦前は郷社、一九、伊東は古代久寝郷(クズミゴウ)-後に葛見荘となる、二〇、古代の有雑郷(ウサヒゴウ)-宇佐美・多賀あたり、二一、早くから開けた宇佐美-横穴古墳・水田遺構、二二、式内社ヒハヨ天神-宇佐美を開いた神様、二三、城山と宇佐美氏の興亡-全国の宇佐美さんの祖、二四、宇佐美城山のその後、‐戦前は一高水泳部の寮6、二五、栄えた宇佐美の中世、‐発掘で少し見えて来た、二六、鉄の大生産地宇佐美、‐大量の金糞や炉跡、二七、伊東に起こった伊東氏、‐地名の由来は伊豆の東かイトか、二八、頼朝を預かった伊東祐親、‐伊東住まいの流人頼朝、二九、観光伊東の原点・曽我物語、‐芸能曽我ものと歴史的事実、三〇、名高い奥野の巻狩と相撲、‐東林寺建立相撲碑の由来、三一、史跡河津三郎血塚、‐曽我物語発端の地、三二、赤沢山椎の木三本、‐水害で全村移転した赤沢村、三三、音無の森・日暮の森、‐頼朝と八重姫の恋物語、三四、伝・伊東祐親の墓、‐鎌倉時代の見事な五輪塔、三五、最誓寺の伊東家の墓、‐墓石に「建武三年」の銘も、三六、祐親の墓のある地蔵原、‐地頭伊東家の地頭原か、三七、伊東家の館の所在、‐物見が丘・本郷・竹の内など、三八、地名「屋形」と伊東家館、‐仏光寺は地頭館跡の伝承、三九、鎌田の城山、‐今も残るカラ堀・土塁、四〇、幻の鎌田城主、‐鎌田氏と鎌田城は無関係?、四一、室町・戦国時代の鎌田、‐大見の徳永まで伊東庄、四二、現在の[鎌田]と南伊東、‐由緒ある地名が消える、四三、伊東と日蓮上人、‐伊豆法難の聖地・伊東、四四、日蓮と仏現寺・仏光寺、‐地頭・伊東八郎左衛門尉、四五、和田の日蓮宗十か寺、‐百余戸の村に十余の寺、四六、宇佐美の朝善寺、‐日朝上人のにっちょうさん、四七、昔から寺の多い伊東、‐一番多いのは「曹洞宗」、四八、徳川氏支配と伊東、‐伊東に十六の村があった、四九、江戸時代の伊東の村々、‐宇佐美千石・伊東三千石、五〇、何度もかわった領 主、‐天領・大名領・旗本領、五一、伊東組・東浦組など、‐村の結合のいろいろ、五二、豆州賀茂郡和田村、‐「伊東」は幾つかの村の総名、五三、経済活動の中心和田村、‐伊東を代表した村、五四、和田を壊滅させた元禄大津波、‐津波の穂先は鎌田まで、五五、元禄は関東大震災の二倍、‐松原・川奈の津波被害、五六、宇佐美村の元禄大津波、‐死者は数百、大正ではゼロ、五七、浄の池と唐人川、‐「唐人」は異魚か異国人か、五八、唐人川河口の入江、‐按針の洋式帆船建造、五九、将軍御座船安宅丸と湯川、‐日本一の豪華船建造の場所、六〇、温泉が流れた川「湯川」、‐湯川村の名の起こり、六一、宇佐美「御石ヶ沢」、‐江戸城の「お石」を出した、六二、「お石」採石は伊東全域、‐刻印石が語る「築城石」、六三、ナコウ山の羽柴越中守石場、‐細川前首相の先祖が採石、六四、川奈お岩屋と蓮慶寺、‐伊豆半島最東端・川奈崎、六五、海上交通の要衝川奈、‐燃やし続けた湊明堂の灯、六六、天下に聞こえた川奈湊、‐小網代・玉の木・小浦など、六七、川奈のイルカ漁とマグロ漁、‐最盛期の川奈漁業の姿、六八、川奈ゴルフ場の生い立ち、‐かずかずの歴史を秘めた場所、六九、気になる地名「十足」、‐難読地名と神話の故郷、七〇、江戸時代の十足、‐もとは富戸の出村という説、七一、「富戸はホド」と柳田説、‐お不動さんから始まった、七二、三島神社若宮と蓮着寺、‐富戸の漂着神伝承、七三、景勝地・城ヶ崎、‐戦後命名の大観光地、七四、伝統誇る富戸のボラ漁、‐ボラ納屋と魚見小屋、七五、江戸時代富戸村の村勢、‐資料不足で誤解されていた、七六、富戸の小字「花生場」、‐特産物のシキミ・サイコ、七七、八幡野村の産物、‐回船問屋とボク石背負い、七八、山林の特産品、‐ロクエの実・モンジャ油、七九、ヤンモの里・八幡野、‐木三千本で千両の高値、八〇、浮山のヤマモモ群落、‐「日本一」の折り紙つき、八一、活躍した押送船、‐生魚を日本橋へ直送、八二、漁業専一の村・新井、‐昔から領主のおさかな場、八三、漁港建設への新井の執念、‐資金の大半を新井が負担、八四、漁商で俳人の池田弥兵衛、‐一茶も松十夫妻を訪ねた、八五、有壁庵兎山と美丸の墓、‐新井に来た文人たち、八六、江戸後期の伊東の文化、‐月例歌会の歌集に見る、八七、浜野健雄の「伊東誌」、‐今も生きている文化遺産、八八、江戸時代の松原・湯川、‐大いに栄えた漁村、八九、曽我物語以前から「松原」、‐海岸自然堤防の上にできた村、九〇、湯川ぼうけ・松原かつお、‐明治・大正に漁業最盛期、九一、松原は温泉の村でもあった、‐猪戸の湯と出来湯、九二、伊東温泉の歴史、‐一番古いのは和田湯、九三、江戸時代の温泉は和田・松原、‐小田原藩文書と伊東温泉、九四、大名も湯治に来た和田湯、‐やがて庶民の湯宿も、九五、伊東の温泉が「豆州湯ヶ原」、樽詰温泉や温泉番付、九六、「伊東温泉」の呼び方定 着、-明治の文人たちにも好評、九七、広がる温泉別荘地、‐自然湧出から掘削の時代へ、九八、牧歌的な「お馬の湯」、人馬共存の時代の温泉、九九、温泉の保護に尽くした人々、‐まちをあげて鉱山反対運動、一〇〇、今や全市域が温泉地帯、‐目ざましい戦後の温泉掘削、一〇一、次々と新田を開発した「池村」、‐旧対島地区では最大の村高、一〇二、池に伝わる「七室七池」、‐山(室)と池と穴、一〇三、赤牛伝説と龍渓院、‐水に苦労した池村の守護神、一〇四、自力で築いた池のトンネル、‐歴史に残る大事業、一〇五、吉田村と吉田用水、‐元はヨシの生えた湿地、一〇六、一碧湖用水(吉田用水)のなぞ、実は村人の努力の結晶、一〇七、吉田用水と山口半五郎、‐伊東版「青の洞門」の真相、一〇八、荻村の歴史、‐典型的な日本の村の姿、一〇九、吉田や荻にみる寺と村人、‐密接だった寺との関係、一一〇、大池から一碧湖へ、‐昭和初期のリゾート開発、一一一、与謝野晶子と抛書山荘、‐昭和前期の一碧湖畔、一一二、残したい一碧湖の自然、‐自然こそ最高の財産、あとがき |
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0004872545 | 県立図書館 | S212/106/ | 閲覧室 | 地域資料 | 貸可資料 | 在庫 |
○ |
| 2 |
0004872552 | 県立図書館 | S212/106/ | 書庫5 | 地域資料 | 貸禁資料 | 在庫 |
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