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名著・貴重書/洋書と明治初期の翻訳書
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(3)技術書 1

AN218
G.J.Verdam
“Gronden der toegepaste Werktuigkunst”Groningen, 1828〜1837.
(ヘルダム『実用機械学の基礎』1828〜1837年 フローニンゲン)6冊
印記:蕃書調所、長崎東衙官許、静岡学校

タイトルぺ−ジ
 
表紙裏貼紙の部分
タイトルぺ−ジ
表紙裏貼紙の部分

AN219
G.J.Verdam
“Gronden der Werktuigkunst; Atlas”Groningen
(ヘルダム『実用機械学の基礎』)(AN218)の付図 2冊
印記:蕃書調所、長崎東衙官許、静岡学校

ヘルダムの蒸気機関図
ヘルダムの蒸気機関図
AN97
H.Huijgens
“Handleiding tot de Kennis van het Scheeps-Stoomwerktuig”Amsterdam, 1847.
(ホイヘンス『舶用蒸気機関説案内』1847年 アムステルダム)1冊
印記:蕃書調所、駿府学校、静岡学校

AN104
Huygens
“Scheeps-Stoomwerktuig; Atlas”
(ホイヘンス『舶用蒸気機関説案内、付図』)1冊

 これらはわが国最初の蒸気船製作の原本(オランダ語)と同じ版のものである。
 薩摩藩主島津斉彬(しまづ なりあきら)はいち早く蒸気船に着目し、箕作阮甫(みつくり げんぽ)(1799- 1863) らに文献の翻訳を依頼した。手引きとなった本はヘルダムの“Gronden der toegepaste Werktuigkunst”(『実用機械学の基礎』)で、彼はそれをもとに、『水蒸船説略』6巻(嘉永2年、序)(1849年)という抄訳本を出した。これが薩摩藩の蒸気船製造の基となったのである。(1)
 安政2年(1855年)、苦心の末、江戸田町の薩摩藩邸で船舶用蒸気機関が完成した。この機関を西洋式の小船に取り付け、藩邸前の海岸沿いと品川沖での試運転に成功し、「雲行丸」と命名した。(2)
 明治になってからこの機関を見たイギリス人教師は、「鋳物でもよい箇所に、鍛練した材料を使っている」と驚き、日本人だけで作った功を称讃している。(3)
 ところで、この雲行丸の機関図は、『薩藩海軍史(上)』にはヘルダムの図ではなく、ホイヘンス(1810-67) の“Scheeps-Stoomwerktuig; Atlas”(『舶用蒸気機関説案内、付図』)のものが掲載されているが、その理由は不明である。(4)
 なお、当館所蔵本 Verdam “Gronden der toegepaste Werktuigkunst”(AN218)には「長崎東衙官許」(ながさきとうがかんきょ)と「文久辛酉」(かのととり)の印があることから、この本は蕃書調所(ばんしょしらべしょ)が江戸本石町の長崎屋を通して文久元年(1861年)に購入したことがわかる。

<参考文献>
    (1) (502.1-14-46)菊池俊彦『軍艦図解/水蒸船説略』
    江戸科学古典叢書 46 1983年 恒和出版  p.6-9. 
    (2) (216.8-4-71)『薩藩海軍史(上)』原書房 1968年 p.610-611.
    (3) 前掲『薩藩海軍史(上)』p.620.
    (4) 前掲『薩藩海軍史(上)』p.597. の前頁の雲行丸機関図
    升本清「幕末の蒸気船」(Z40-17『蘭学資料研究会研究報告』第121号 1962年)  p.155-156.
    前掲『軍艦図解/水蒸船説略』  p.17-18.

 
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