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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| タイトル番号 |
1005010166477 |
| 書誌種別 |
地域資料 |
| 書名 |
目でみる沼津市の歴史 |
| 著者名 |
小野 真一/著
|
| 書名ヨミ |
メ デ ミル ヌマズシ ノ レキシ |
| 著者名ヨミ |
オノ シンイチ |
| 出版者 |
緑星社出版部
|
| 出版地 |
富士宮 |
| 出版年月 |
1978.1 |
| ページ数 |
238p |
| 大きさ |
21cm |
| 言語区分 |
日本語 |
| 分類 |
S213
|
| 件名 |
沼津市 |
| 目次 |
未来のための歴史(井出敏彦)、はじめに(小野真一)、古墳時代、上香貫天神洞古墳出土の装身具、鎌倉時代、山王霊験記(絵巻物)、山王台、日枝神社蔵(国指定・重要文化財)、室町時代、紙本五色■字法華経(光長寺蔵)、江戸時代、東海道五十三次、安藤広重画、江戸時代、外人来沼の図、明治・大正時代の民衆の芸能、戦災の沼津-昭和時代、佐々木古桜絵日記-、沼津の地形-激しい火山活動により原形ができあがる-、火山活動により内外の山々ができる、愛鷹山の変遷、浮島ヶ原のうつりかわり、沼津平野と狩野川、南部の海岸地形、沼津のあけぼの-原始社会-、約15000年前、愛鷹山に人類の足跡、約14000年前の石器製造所-休場遺跡-、縄文土器を使いはじめる-縄文早・前期-、沼津における縄文時代遺跡の分布、約4500年前の竪穴住居址-縄文中期-、広い台地にムラをつくる-縄文中期-、沼津を中心とする縄文時代のうつりかわり、台地末端に移動したムラ-縄文後・晩期-、米づくりの始まった弥生時代-約2000年前-、猪や鹿の捕獲と網漁-弥生時代の狩猟・漁撈-、低地のムラ、沢田遺跡-弥生時代の農耕集落-、高地のムラ、八兵衛屋敷など-弥生時代の山村集落-、種類も多くなった生活用具-1・2世紀-、 古代社会の形成―階級分化すすむ―、目黒身遺跡の教えるもの―弥生から古墳へ―、全国初発見の弥生住居址とさわがれた漆畑遺跡、スルガノクニの支配者たち―大古墳の築造―、長塚古墳の内容―6世紀初めごろの古墳―、長塚古墳前庭より出土した土器類、庶民の抬頭、沼津付近の群集墳―6~7世紀―、沼津の古墳(円墳)を掘る―墓の発掘―、横穴式石室の内部―東原ニュータウン古墳―、へぎ石と伊豆石の石棺―長町古墳と宮原古墳―、人骨及び副葬品の出土状態、死者に副えた品々―沼津の古墳文化―、古墳時代の庶民生活―4~7世紀の沼津―、長浜の祭祀遺跡―山と海の信仰―、珠流河国から駿河国へ―国府時代の沼津―、沼津平野に条里制耕地できる―7世紀代―、日吉廃寺の建立―仏教の伝来―、今に残る日吉廃寺の遺構と遺物、正倉院に残る奈良時代の文書―8世紀代―、奈良時代の木簡に残る沼津付近の郷名、奈良・平安時代のムラ、藤井原遺跡、半農・半漁と塩づくり―出土品は語る―、和名抄に見える平安時代の地名―9世紀―、延喜式に記録された沼津付近の古社、日枝神社と岡宮浅間神社―延喜式外の古社―、平安時代の寺院と仏像―9~12世紀―、末法思想と香貫山経塚、釈迦堂経塚と三明寺経塚、源三位頼政とあやめの前の史話―河内秘話―、頼朝・義経兄弟、黄瀬川で対面、中世社会の推移―争乱相つぐ―、平家の遺子、六代の物語―平家物語―、大岡庄と牧一族の興亡―鎌倉初期―、阿野庄と阿野全成父子の乱―13世紀―、木瀬川宿と白拍子亀鶴、車返しの里と牧御所跡、詩歌・紀行文に見える浮島ケ原、沼津地内の地名に見る鎌倉時代の経済、日枝神社と山王霊験記―13世紀後半―、日枝神社境内の発掘、新仏教の抬頭と光長寺、西光寺(時宗)と禅長寺(臨済宗)の仏像、霊山寺の石塔と蔵骨器、上香貫の古瓦と青野の古鏡、沼津郷と南北朝時代の遺物、室町時代の沼津―大中寺など建立さる―、北条早雲と興国寺城―15世紀―、三津の松下・江梨の鈴木―伊豆の地侍―、妙海寺・西光寺の古文書―今川氏との関係―、口野五カ村と植松氏、根方の土豪後藤氏と諏訪部氏―地侍の動き―、三枚橋と武田氏北条・武田の死斗―千本浜と沖合の戦い―、千本松原をよみがえらせた増誉上人、東熊堂城・大平新城・長浜城―戦国の城―、近代社会の成立―封建制の完成―、松平・中村両氏の支配―16世紀後半―、太閤検地以下各地で検地行われる、大久保忠佐、沼津城主となる―17世紀―、天野康景と興国寺城の最後、徳川家康夫人『おまんの方』と大平の星谷家、参勤交替と東海道の整備、山王前の一里塚、善太夫新田と助平衛新田、牧堰と内膳堀、井出氏と根方の三こう(廣・興・光)、代官支配・小田原領・萩野領・田中領・旗本領、元禄時代の沼津宿―17~18世紀―、原宿の成立―寛永10年(1633年)―、幕府、愛鷹に牧を開く―18世紀―、愛鷹牧の焼印と捕馬、名僧白隠と松蔭寺、水野忠友、沼津 城を新築―18世紀後葉―、絵や石垣に見る沼津城の面影、水野忠成、幕府の筆頭老中となる、沼津藩主の行列と藩の領域図、城主の居間の内容、沼津城主水野氏の遺墨、沼津宿の繁栄、伊賀越道中双六『沼津の段』、入合権をめぐる村落グループの争い続く、課役・禁制下の庶民生活、百姓の困窮と義人山田源次郎、内浦のマグロ漁と原の地引網―漁民の活動―、盛んであった民間信仰、江戸時代の神仏関係有形文化財、町人の活躍と民間の教育、安政元年(1854)プチャーチン一行沼津へ来る、増田平四郎と浮島沼放水路工事“下田流れて沼津は落ちた” ―安政の大地震―、幕末の沼津―外人との接触―、安政5年(1858)沼津藩士、世界航海図をつくる、近代社会の発展―沼津宿から沼津市へ―大政奉還と維新前後の沼津―赤心隊と遊撃隊―、彰義隊も沼津近在へ、静岡藩と沼津勤番組、沼津兵学校設立される―明治元年(1868)―、明治初年の沼津、沼津陸軍医学所と沼津病院、イソップ物語とアラビア物語―沼津の文化―、全国に先がけて沼津に小学校開設、沢田学問所と江藤俊平、廃藩置県と大小区・戸長制、士族授産と江原素六、明治の行政官庁と徴兵令の施行、神仏分離と廃仏毀釈、沼津地方の地租改正、地村合併の先駆、大岡村―明治7年(1874)―、学制頒布(1876)と沼津の小学校、集成舎・明強舎・小学沼津学校、県内最初の沼津中学校(旧)と駿東高等小学校、湊橋(御成橋の前身)できる―明治9年(1876)―、自由民権運動と角田竹冷、駿東病院とわが国医籍第一号の中野啓覚、沼津駅と沼津郵便局の開設、明治初期の上土町商店街、中石田に五カ村小作同盟できる―明治17年(1884)―、教派神道隆盛となる、明治20年代、キリスト教各派ひろまる、明治26年(1893)沼津御用邸できる、明治28年、日本最小の銀行、根方銀行誕生、明治32年(1899)愛鷹山入会地の払下げ決定、原駅開設、根方街道改良工事進む、明治34年(1901)再び県立沼津中学校できる、私立駿東女学校も誕生―明治34年―、沼津商業学校・農林水産学校開設、日清・日露戦争と沼津関係の軍人、マグロが獲れた明治後半の漁撈、西浦みかんの海外輸出はじまる―明治30年代―、浮島沼の排水・干拓と森藤七朗・森信吾、チンチン電車走る明治末期の沼津、明治末期の沼津の建物、明治から大正へ―明治末年の沼津町付近―、大正時代の行政諸機関、大正時代の停車場通り(大手町)、大正時代の本町通り、大正時代の楊原と静浦、大正時代の原・浮島・愛鷹・大岡、大正時代の内浦と西浦、沼津繭市場の開設(大正5年)と青果市場、大正時代の工場・銀行・商店、大正時代の茶と漁と酒づくり、大正4年(1915)沼津少年団結成さる、大正9年(1920)若山牧水沼津に転居、文芸誌『あお空』刊行、町民文化の向上、大正11年(1922)市制施行直前の沼津町全図、大正12年(1923)7 月、市制施行、沼津市となる、関東大震災で沼津も被害、大正12年9月、大正13年(1924)沼津精華女学校できる、大正15年4月、淑徳女学院(加藤学園)開設、大正時代の小・中学校の生活、大正15年(1926)12月、沼津に大火起る、現代から未来へ―福祉都市の実現をめざして―、新しい時代、昭和の始まり、昭和2年(1927)新市役所の建設始まる、昭和3年(1928)市役所・伝染病院できる、昭和4年(1929)西浦に興農運動起る、昭和5年(1930)箱根離宮を移転、鷹根(愛鷹)小に、昭和6年(1931)伊豆大地震と小作争議、昭和7年(1932)オリンピックで小池選手活躍、昭和8年(1933)石橋製紙と沼津港誕生、昭和9年(1934)公会堂完成・東京人絹進出反対、昭和10年(1935)珍らしく沼津に雪降る、昭和11年(1936)郷土出身荒井選手、ベルリンで活躍、昭和12年(1937)御成橋完成と日華事変の影響、昭和13年(1938)狩野川大洪水起る、昭和14年(1939)沼津工業学校新設、昭和15年(1940)県内で最も早く隣組組織できる、昭和16年(1941)拓南訓練所(練成所)開く、昭和17年(1942)海軍工廠及び沼津学園誕生、昭和18年(1943)学校も戦時体制強化、昭和19年(1944)4カ村合併、郷土防衛を強化、昭和20年(1945)被爆、灰烬と化した沼津、昭和21年(1946)大岡駅・沼津市立高校開設、昭和22年(1947)民主日本を目指し復興する沼津、昭和23年(1948)新制高校発足、新制中学校舎建築開始、昭和24年(1949)統制経済下の生活続く、昭和25年(1950)沢田(沼北町)遺跡の発掘行わる、昭和26年(1951)愛鷹公民館できる、昭和27年(1952)長沢選手オリンピックで6位入賞、昭和28年(1953)沼津駅・公会堂完成、昭和29年(1954)本町通りにアーケード街完成、昭和30年(1955)愛鷹・大平・内浦・西浦と合併、昭和31年(1956)沼津市民の石橋湛山・首相に就任、昭和32年(1957)沼津駅北口と西武百貨店できる、昭和33年(1958)狩野川台風の被害、昭和34年(1959)日吉廃寺第一次発掘行わる、昭和35年(1960)大規模工場の進出、昭和36年(1961)足高のマネキン工場世に出る、昭和37年(1962)国立沼津工専できる、昭和38年(1963)米国カラマズ―市と都市縁組結ぶ、昭和39年(1964)石油コンビナート進出反対運動起る、昭和40年(1965)狩野川放水路完成―放水口は口野―、昭和41年(1966)市役所と農協新築落成す、昭和42年(1967)東高は丘の上に、沼商は市外へ移転、昭和43年(1968)沼津市と原町合併、昭和44年(1969)東名高速道路開通、昭和45年(1970)沼津御用邸記念公園オープン、昭和46年(1 971)生活環境の整備進む、昭和47年(1972)全国初めてのオープンプランスクール誕生、昭和48年(1973)市長に井手敏彦氏当選、革新市政始まる、昭和49年(1974)歴史民俗資料館・少年自然の家完成、昭和50~52年、不況の中に建設と開発は進む、昭和53年→未来に向けて伸びゆく沼津、あとがき |
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貸出
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0000078311 | 県立図書館 | S213/41/ | 閲覧室 | 地域資料 | 貸可資料 | 在庫 |
○ |
| 2 |
0004831608 | 県立図書館 | S213/41/ | 書庫5 | 地域資料 | 貸禁資料 | 在庫 |
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