左上枠画像
葵文庫概要/解説(参考資料)
葵文庫

 

[蕃書調所](ばんしょしらべしょ)

 安政3年(1856)江戸に設立され、幕府の洋学研究・教育機関として中心的な役割を果たした。設立に際して、紅葉山文庫(もみじやまぶんこ)や天文台から多くの書籍が移管される一方、幕府の蘭学への強い関心を反映して、蘭書を中心とする洋書が積極的に収集された。しかし、万延元年(1860)から文久2年(1862)にかけて、外交上の要請から英語・仏語・独語の教育も始められ、西欧の科学技術を摂取するため化学、器械、物産、数学、西洋印刷術などの研究・教育も開始された。

 こうした状況の中で、蕃書調所という名称は実態に合わなくなり、文久2年(1862)5月、洋書調所と改称された。

<参考文献>

210.3-4 「国史大辞典」(吉川弘文館)
新村出「蘭書翻訳局の創設」(Z20-6 「史林」1-3 1916年)
沼田次郎「蕃書調所について」(Z20-2 「歴史地理」71-5 1938年)
原平三「蕃書調所の創設」(Z20-3 「歴史学研究」103 昭和1942年)

 
左下枠画像 右下枠画像
下枠画像