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HOME > 館長室から> ―館長のひとりごと― 平成30年_13


― 世界史によせて ―


                文字と言葉(1)

 もう少しヘロドトスについて語りたいのですが、少々脱線します。
 前回、エジプトにおける文字の発明についても触れました。文化・文明の発達にとって必要欠くべからざるツールといえます。このひとりごとも、文字あればこそです。
 ところで、文字、そして言葉についてプラトンが、ソクラテスを主人公とする対話篇の一つ「パイドロス」で言及している箇所があります。最初、このことについては、小林 秀雄氏の「本居宣長 補記」の冒頭で、宣長の「文字」の出現についての考えとの関連で、小林氏が「パイドロス」に言及されていたところから知ったのですが、ソクラテスとパイドロスとの対話の終わり近くで、次のようなやりとりがあります。

ソクラテス
・ ・・エジプトのナウクラティス地方に、この国の古い神々のなかのひとりの神が住んでいた。・・・神自身の名はテウトといった。この神様は、はじめて算術と計算、幾何学と天文学、さらに将棋と双六などを発明した神であるが、とくに注目すべきは文字の発明である。ところで、一方、当時エジプトの全体に君臨していた王様の神はタモスであって、この国の上部地方の大都市に住んでいた。ギリシア人は、この都市をエジプトのテバイと呼び、この王様の神をアンモンと呼んでいる。テウトはこのタモスのところへ行って、いろいろの技術を披露し、ほかのエジプト人たちにもこれらの技術を広くつたえねばいけません、と言った。タモスはその技術のひとつひとつが、どのような役に立つものかをたずね、テウトがそれを詳しく説明すると、そのよいと思った点を賞め、悪いと思った点をとがめた。・・・話が文字のことに及んだとき、テウトはこう言った。

「王様、この文字というものを学べば、エジプト人たちの知恵はたかまり、もの覚えはよくなるでしょう。私の発見したのは、記憶と知恵の秘訣なのですから。」- しかし、タモスは答えて言った。

「たぐいなき技術の主テウトよ、技術上の事柄を生み出す力をもった人と、生み出された技術がそれを使う人々にどのような害をあたえ、どのような益をもたらすかを判別する力をもった人とは、別の者なのだ。いまもあなたは、文字の生みの親として、愛情にほだされ、文字が実際にもっている効能と正反対のことを言われた。なぜなら、人々がこの文字というものを学ぶと、記憶力の訓練がなおざりにされるため、その人たちの魂の中には、忘れっぽい性質が植えつけられることだろうから。それはほかでもない、彼らは、書いたものを信頼して、ものを思い出すのに、自分以外のものに彫りつけられたしるしによって
外から思い出すようになり、自分で自分の力によって内から思い出すことをしないようになるからである。じじつ、あなたが発明したのは、記憶の秘訣ではなくて、想起の秘訣なのだ。また他方、あなたがこれを学ぶ人たちに与える知恵というのは、知恵の外見であって、真実の知恵ではない。すなわち、彼らはあなたのおかげで、親しく教えをうけなくてももの知りになるため、多くの場合本当は何も知らないでいながら、見かけだけはひじょうな博識家であると思われるようになるだろうし、また知者となる代わりに知者であるといううぬぼれだけが発達するため、つき合いにくい人間となるだろう。」
・・・
ソクラテス
 じっさい、パイドロス、ものを書くということには、思うに、次のような困った点があって、その事情は、絵画の場合とほんとうによく似ているようだ。すなわち、絵画が創り出したものを見ても、それは、あたかも生きているかのようにきちんと立っているけれども、君は何かをたずねてみると、いとも尊大に、沈黙して答えない。書かれた言葉もこれと同じだ。それがものを語っている様子は、あたかも実際に何事かを考えているかのように思えるかもしれない。だが、もし君がそこで言われている事柄について、何か教えてもらおうと思って質問すると、いつでもただひとつの同じ合図をするだけである。それに、言葉というものは、ひとたび書きものにされると、どんな言葉でも、それを理解する人々のところであろうと、ぜんぜん不適当な人々のところであろうとおかまいなしに、転々とめぐり歩く。そして、ぜひ話しかけなければならない人々にだけ話しかけ、そうでない人々には黙っているということができない。あやまって取りあつかわれたり、不当にののしられたりしたときには、いつでも、父親である書いた本人のたすけを必要とする。自分だけの力では、身をまもることも自分を助けることもできないのだから。

パイドロス

 そういった点も、まったくお言葉のとおりです。

ソクラテス
 では、どんなものだろう。この書かれた言葉と兄弟の関係にあるが、しかし父親の正嫡の子であるもうひとつの言葉について、それがどのようにして生まれるか、またこの書かれた言葉とくらべて、生まれつきどれだけすぐれ、どれだけ力づよいものであるかを、見ることにしようか。

パイドロス

 とおっしゃると、それはどんな言葉のことでしょうか。またどのようにして生まれる言葉なのでしょうか。

ソクラテス

 それを学ぶ人の魂の中に知識とともに書き込まれる言葉、自分を守るだけの力をもち、他方、語るべき人々には語り、黙すべき人々には口をつぐむすべを知っているような言葉だ。

パイドロス

 あなたの言われるのは、ものを知っている人が語る、生命をもち、魂をもった言葉のことですね。書かれた言葉は、これの影であると言ってしかるべきなのでしょうが。

ソクラテス

 まさしくそのとおりだ。

 小林 秀雄 氏は、宣長の次の文章を引用しながら、ソクラテスと宣長の考えの中心部が重なり、同心円を描いていることを指摘します。
 「古へより文字を用ひなれたる、今の世の心をもて見る時は、言伝へのみならんには、万の事おぼつかなかるべければ、文字の方はるかにまさるべしと、誰も思ふべけれ共、上古言伝へのみなりし代の心に立ちへりて見れば、其世には、文字なしとて事たらざることはなし。・・・文字は不朽の物なれば、一たび記し置つる事は、いく千年を経ても、そのままに遺るは文字の徳也。然れ共文字なき世は、文字なき世の心なる故に、言伝へとても、文字ある世の言伝へとは大に異にして、うきたることさらになし。今の世とても、文字知れる人は、万の事を文字に預くる故に、空にはえ覚え居らぬ事をも、文字しらぬ人は、返りてよく覚え居るにてさとるべし。・・・」

 古代ギリシアと、江戸時代、時代も異なる洋の東西で、ソクラテス(プラトン)と宣長が、文字の効用と、その問題点について、同様の考えを述べている点、興味深い事です。
 確かに、文字がなければ、語りかけてくる相手の言葉を一言も聞き漏らすまいと全身これ耳にして神経を集中することでしょうし、心に刻みこむほどに記憶しようとするでしょう。文字があるので、メモすることに気をとられたり、いまなら録音という便利なツールに頼ることもできますので、ふっと、緊張感が緩んでしまったり、真摯に語りかけてくれる相手に不愉快な思いをさせてしまうこともありえます。
 また、この人には伝え語るべき、かの人には触れないでおく方がよいかな、そういうことは、生活の中で、私たちが日々判断し、経験しています。
 文字の発明が人類の歴史に多大の貢献をしてきたことは紛れもない事実であり、後世に書き記された知的財産の収集と保管が、図書館の誕生にもつながったことを思えば、その必要性は当然のことです。しかし、直接語り合う人間同士の、肉声による言葉のやりとり、それを記憶(心)に刻み込む。そのかけがえのなさについて、あらためて考えてみることも大切なことだと思いました。


  ※1 小林 秀雄「本居宣長 補記」新潮社 1982
  ※2 プラトン「パイドロス」(藤沢 令夫 訳)岩波文庫 1967
  ※1,2の書籍とも当館所蔵

 



 


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