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葵文庫の概要/洋書の部
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 葵文庫の洋書は蕃書調所(ばんしょしらべしょ)、開成所外国方〜がいこくかた〜(外国奉行)の旧蔵書が大部分を占める。
幕末、横浜に設立された語学伝習所の旧蔵本も含まれていると思われるが、印記がなく、確認されていない。

(1)蕃書調所の旧蔵書

 安政3年(1856)蕃書調所が開設されると、御文庫(紅葉山文庫〜もみじやまぶんこ〜)や天文台から多数の書物が移管されたり、右筆からの献上本も集まったといわれ、それらの書物には「蕃書調所」の朱印〜(ア)〜が押されている。

(ア)
(イ)
「蕃書調所」印
モリソン著「中国語辞典」の貼紙
AO11
6.2×2.9cm(朱)
「蕃書調所」印
AO11
モリソン著
「中国語辞典」の貼紙

(ウ)
(エ)
「アメリカ財務省報告、1848-1849」
 
「コルトンの解説付き世界地図帳」
AE265
「アメリカ財務省報告、1848-1849」
AE80
「コルトンの解説付き世界地図帳」

 (イ) (ウ) (エ)は、いずれも表紙の裏などに見られる貼り紙である。この貼り紙から、(イ)<AO11>は丙辰(ひのえたつ)、つまり安政3年、文(御文庫<紅葉山文庫>)からの移管本、(ウ)<AE265>は巳(み)、つまり安政丁巳〜ひのとみ〜(4年)6月23日御文庫からの移管本、そして(エ)<AE80>は戌(いぬ)、つまり文久壬戌〜みずのえいぬ〜(2年)8月、小栗豊後守(おぐりぶんごのかみ)による献上本であることが分かる。
 ただし、文久2年5月、蕃書調所は洋書調所に改称されているので、(エ)<AE80>の移管先は洋書調所の可能性が高い。

 
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